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Sound Art Listening Guide 1/ロウアーケースサウンド

サウンドアート

インスタレーションの展示で流れてたり、その場で発生していたりする音楽とも言えない音、皆さんもどこかの美術館やギャラリーで耳にした事があるでしょう。
音、及び音を発生させる様々な装置でもって、音と人、人の内面性、また環境と人などの問題を問うアート作品を総称して差し当たりそう呼んでいます。

美術の領域で1960年代にアメリカで流行したミニマリズム(最小主義)という表現形態は、音楽にも伝播し、音楽の構築の仕方、余計な装飾を剥ぎ取り極限まで音数を切り詰めていくという実験態度は、音数が少なくなって見えやすくなった部分、即ち、音のズレが産み出す音響的効果や心理的影響また一つの音という概念やそれに付随するドローンという構造の再発見など、多くの成果を上げました。

今回私が取り上げたいのは、そのミニマリズムのバリエーションの一つである、音量のミニマル、ロウアーケースサウンド(lower case sound)と呼ばれるものについてです。

Steve Roden(スティーブ•ロ-デン)、Kim Cascone(キム•カスコーン)、Bernhard Gunter(バーナード•ギュンター)、Richard Chartier(リチャード•シャルティエ)etc.. ロウアーケースサウンドの諸作品に共通する特徴は、とにかく音量が小さい事。

過激なものだと、アンプのボリュームをかなり回して、やっと微かに音が聞こえる程度といったものや、そもそも人の可聴域を越えてしまって聴く事が不可能なものもあります。

そんな音楽があるなんて信じられないかもしれませんし、そもそもそれって音楽なの?とよく尋ねられるのですが、狭義の音楽という意味では音楽ではない、と私も思います。

では、音が小さいとは一体どういう事でしょうか?

あくまで制作時の態度においては、例えばフィールドレコーディングやアンビエントミュージックなどで多く聞かれる、マイクロスコピックは、日々の生活で気にもとめない、又は人の耳では聞こえないレベルの小さな振動を鑑賞レベルまで引き上げる、いわば顕微鏡のような態度でした。これは拡大の態度です。
一方ロウアーケースは、聴く事が不可能である、或はかなり努力しないと聴こえない。
通常の耳で聞こえる音を、逆に小さく聴き辛くしていく事、或いはそもそも人には聴き取る事のできない音を聴こえないまま提示する事で見えてくるのは次のような事です。

耳は蓋をする事ができない。日常生活では私たちの耳には絶えず様々な音が飛び込んできます。
現在の音楽の社会的なあり方というのは大凡BGM的なあり方、つまり絶えず襲ってくる多種多様な音をマスクし、場合によっては、ある情緒的な気分に纏め上げる事で成り立っています。

しかしロウアーケースを聴く人には、所謂音楽的な楽しみ方というよりも、音がある/ない、聴こえる/聴こえないという確認作業、音への能動的な姿勢が絶えず強いられます。

John Cage(ジョン•ケージ)が無響室に入った時の有名なエピソードがあります。

全く音のない、そして音の反射のない部屋に入った彼はその時、心臓の音と神経系の高い周波数の音が自分の体から発されている事に気づき、「この世界に無音である事などありえない」と言ったといいます。

音は物質の振動です。人の鼓膜で感知しきれなくとも世界は常に揺れ動いています。

例え聴こえなくとも、いや、聴こえないが故、聴取が不可能であるという事を越えて、受取手であり発信者である私と世界との原理的な関係性結びつきを意識する事ができるのだと思うのです。

知覚し、意識する。

意識した時に初めて問題提起が可能であり、そしてその境界にこそ、アートがぬるっと立ち現れる。

それには”音楽”という言葉の射程をもう一度考えてみる必要があります。小学校で習う音楽の三大要素、メロディ、ハーモニー、リズム。それらがないと音楽と感じられないという私たちの認識を再度疑ってみる必要があります。

世界が音で満ちあふれている事。

私たちの存在、彼らの存在そのものが、比喩などではなく根本的に音楽なのだという事。その普遍的な事実と向き合い、あえて”聴こえない”という抽象的な方法でもって、そこに接近する。
そこでは、「沈黙は聴く自己を聴くようリスナーにうながす」(金子智太郎)その時の”自己”は外部性も同じだけ湛えた開かれた自己なのであり「ノイズはリスナーを聴覚に閉じこめるとともにその外部と通じようとする欲求を育む(同上)」のと同じやり方でロウアーケースは私の身体を外部に溶かしていく。ここに初めて聴く主体が現れる。

これは小さな音、聴く事のできない音による私たちの認識への問題提起なのです。

文:Yuki Aida/相田悠希

(参考音源)

Steve Roden – Forms of paper (LINE)

BERNHARD GÜNTER – Monochrome White/Polychrome With Neon Nails (LINE)

http://www.lineimprint.com/editions/cd/line_005/

Kim Cascone – Dust Theories (C74)

Tsu Inoue & Carl Stone – pict.soul (C74)

http://cycling74.com/products/c74music/c74005/

William Basinski + Richard Chartier – (non titled) (spekk)

Ø + noto – Mikro Makro (raster-noton)

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Yuki Aida

音楽レーベルmurmur recrdsを主宰しているサウンドアーティスト。
アンビエントとダンスミュージックを自在に行き来するその特異なスタイルで
国内外のアーティストや評論家からも高い評価を得る。
これまでにCF、心理療法、映画への楽曲提供と様々な作品を制作。
2010年には元guniw toolsの
ギタリストJakeと共作シングルを発表。

「このまま行ってよし!僕の好きな感じのドローンです(坂本龍一)」