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Sound Art Listening Guide3/アンビエントミュージック

可能性の音楽

アンビエントミュージック

日本語にすると”環境音楽”と訳されます。
「How to Listening?」というタイトルがついていますが、今回お話するのは”聴き方”、ではありません。
“考え方”のお話です。それはアンビエントが”概念”だからです。

あまりによく知られた話で書く事も躊躇われるのですが、まだまだ知らない方も多くいらっしゃる事を日々実感していますので、知らない方の為にざっくりご説明しますと、アンビエント・ミュージックの起源は19世紀のピアニストであり作曲家エリック・サティ、とするのが一般的な見解です。

彼はパリのバーで所謂流しのピアニストとしてピアノを弾いていた時期があったのですが、そこでお酒を楽しむ沢山の人々の中に自分の弾くピアノの音がある、という音楽のあり方、つまりバーの環境の一部として音楽が機能するという「家具の音楽」という考え方に行き着いたと言われています。

実際に当時既に大作曲家だったヒンデミットのコンサートのラウンジで彼がピアノを弾いた際にも、ラウンジでくつろぐ聴衆がサティのピアノ演奏に耳を傾けようとすると、ピアノの鍵盤の蓋をぱたりと閉じ、「お願いですから私の演奏を聴かないで頂きたい。どうぞお喋りを続けてください。」とまで言ったといいます。

その後、100年あまりの時が経ち、ロキシーミュージックというバンドを脱退したミュージシャン、ブライアン・イーノがサティの考えを押し進め、あまりに有名な1978年発表のアルバム「Ambient 1 / Music for Airports」において、アンビエントの名が初めて作品名に与えられる事となります。

ピアノとシンセサイザーで作られたこのアルバムは、実際に当時NYのラガーディア空港のBGMとして使われ、明確なメロディもリズムといった音楽の主軸のない音楽は多くの人を驚かせ魅了しました。

ここで結論を出しますが、アンビエントミュージックは音楽ジャンルの事ではなく、音を聴く、音楽を聴く際のこちら側の姿勢態度の事だと私は思っています。

何でも即座に一つの音楽ジャンルに回収されてしまうのが世の常ではありますが、絵画に喩えるならば、例えばノイズは油彩絵の具などの素材の事ですし、ドローンは点描などの技法の事、アンビエントは抽象表現を楽しむ時の一つの視点という事になるでしょう。
誰も抽象画を鑑賞する時に、人物画や風景画を見る時の視点で作品を楽しまないはずです。
抽象画を見る時には、絵の具の厚みや塗り方、色味、形、そこから広げて画家の精神性を鑑賞するわけで、人物がいかに表情豊かに描かれているかとか、神話的な背景、或いは風景画の構図を鑑賞する時とは違った見方を多くの方がするでしょう。
アンビエントが環境音楽である、という以前に抽象音楽と捉えた方がすっきりするというのはその意味です。

従って、近年ではコンピュータを使ってアンビエントを作る方法が、その容易さから他の音楽と同じように爆発的に普及していますが、ピアノやバイオリン、電子音等、どの材料や素材を使おうがアンビエントミュージックは成立します。

コラージュやアセンブラージュのように、例え具体音を扱おうとも抽象に着地する事は可能です。

そして、抽象を受け取る耳に必要なのは、音の意味を汲み取る能力をまだ有していない幼児期の頃の耳に戻ろうとする姿勢です。

その環境に存在する、ありのままの音をありのままに受け取るという非常に困難な道に挑もうとする意志が確かにあります。
それは晩年になってますます子供が描くように絵を描こうとしたピカソに近いかもしれません。

音と音楽の差はどこか、という問いがよく立てられますが、子供の耳にとってはコンポジションする/しないという
レベルの境界線など全く関係がない。
音を楽しむから”音楽”という直訳のような正直な解釈で充分に事足りるのです。

この意味で、アンビエントは子供も、音楽的な知識の乏しい方でも、その本質さえ掴めていれば実は誰にでも
楽しむ事ができる音楽だと言えると思います。
と同時に、音楽をよく知っている方ならそれだけのレベルで楽しみ方を設定できる音楽だと思います。
コーダルな強制力、支配の体系から抜け出す為の一つの道、という言い方も出来るかもしれません。
ですから寝る前に聴くとよく眠れるとか、ヨガの時にかけるとか最近ではそういう使われ方をすると聞くようになりましたが、
抽象音楽だからと、何もアートに接するように小難しく接する必要はどこにもなくて、どういう目的で聴こうが大いに結構だと思います。

当たり前の話ですが、抽象音楽は作家それぞれが表現した”作品”です。
固有の空間の為の音楽、或いは「聴くともなしに聴く」という禅問答のような問いに含まれている、
それをCDやレコードといった媒体に定着させる事への矛盾は単純にこれで解決します。

そこまで整理して、それからそれを飲み込むもう一段上の問題として、アンビエントの本質である「聴かない音楽」という問いを考えるのです。
聴かない、意識に上らせない音のあり方という意味ではBGMはアンビエントにかなり近いと言えますが、BGMは音をマスキングする事に眼目が
置かれているという、音を生かすという命題に至る方法が違います。
アンビエントの「聴かない」というのは、”聴きたくない音を聴かない”、”他の音で覆って聴かせない”、或いは’聴いてはいけない”のではなく、
‘”聴いてもいいし聴かなくてもいい”、という宙づりの状態にあえてリスナーを随時晒して行く事によって、音に対する取捨選択を聴き手に委ねる
という自由さ、ひいては聴くという行為自体への気づきへと導きます。

文:Yuki Aida/相田悠希

(参考音源)
Brian Eno / Music For Airports

Brian Eno / Neroli

Harold Budd / Avalon Sutra

細野晴臣 / MEDICINE COMPILATION

Taylor Deupree / Shoals

Akira Rabelais / Eisotrophia

Gavin Bryars / The Sinking Of The Titanic

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Yuki Aida

音楽レーベルmurmur recrdsを主宰しているサウンドアーティスト。
アンビエントとダンスミュージックを自在に行き来するその特異なスタイルで
国内外のアーティストや評論家からも高い評価を得る。
これまでにCF、心理療法、映画への楽曲提供と様々な作品を制作。
2010年には元guniw toolsの
ギタリストJakeと共作シングルを発表。

「このまま行ってよし!僕の好きな感じのドローンです(坂本龍一)」