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Sound Art Listening Guide4/ドローン

無限の音楽

ドローン作品に共通する本質は時間感覚の麻痺です。
音楽を形成する諸要素の中で「音の持続」を抽出し構成した音楽、それがドローンです。
と書き始めて、如何にこの広大なドローンの世界を語る事が難しいか挫折してしまいそうですが、
まずはこれを聴いてほしいと思います。

ジム・オルークの奏でるハーディーガーディーという古楽器を延々と引き延ばしたこの楽曲のなんと瑞々しい事か。
幾度となく言っている事ではありますが、ドローンはその要素という意味では、モンゴルのホーミー、アイルランドやスコットランドのバグパイプ、イスラム教のコーラン、仏教のお経、キリスト教のパイプオルガン曲などなど、宗教や瞑想に古くから散見できます。

聴いて頂いたフィル・ニブロックは、モートン・フェルドマン、ラ・モンテ・ヤングらの現代音楽を経て、実験音楽やミニマリズムの作曲また映像作家として現在も精力的にドローンの作品を制作している作曲家です。

まず始めにドローンは「一つの音」を無限に(実際はメディアの収録時間の限界がありますので有限ではあります)引き延ばすという抽象概念を楽しむ最小主義なので、同じ抽象空間における数学や哲学のタームのように、それそのものの応用で持って言葉を繋ぎそれを現実世界と照合する事が不可能です。時間の最小単位はプランク時間として数式で記述できますがそれを人は知覚出来ないように無限の長さも人には知覚する事ができない。

数学における点が現実世界には存在しない概念だという事と同じようにドローンも概念だと捉えて頂きたいのです。

ドローンを聴く事ははっきり言いまして苦痛、苦行のような様相を呈します。
なぜなら人は無意識に、音と時間が対応関係にあり、時間と共に音も何かしら変わっていくものと思っているからです。
事実自然状態においてはそれは正しく、わざわざ同じ音をずっと聴き続けるというのは奇人変人のように見える事でしょう。
しかし、いくら自然状態においてそうだからと言って、音楽がそうである必要はないのです。

ドローンとは、物理現象/音楽/概念を抱え持った集合的で超越的な一段上の概念

私たちが実在物を認識する時、科学的な物理特性、誰が見てもそうである、厳密にはそうであるだろうというところまで落とし込まれた側面を言葉に切り出してコミニュカブルなものとしています。伝達の唯一の道具である言葉には原理的にそういう構造がある。
そこで必要なのは他人の同意です。 実在物の場合単にこれで済みますが、これが音楽となると話が途端に難しくなる。
実際には実在物の場合もそうなのですが、その人がそれに意識的であろうと無意識的であろうと、人それぞれの身体性の分までしか私たちは物事を認識できません。

一方、概念は切り出されたものそのものなので一番同意を得られやすい。
しかし、音楽や美術はそこへ加えて心理的なものや感情、経験的なものが大きく関与しますので、まず言葉に切り出す事が難しく更に同意が得られにくいという事があります。

けれど実在物と違って、音楽の立ち現われ方が私と他者で全く同じである必要はありません。
面白いのは、私たちは私が今聴く音と、同時に他の誰かが聴く音が違うという可能性がある事を直感的に既に知っているという事です。

それはドローンという一つの様式の上で特に明確になると私は考えます。
具体的な経験によって確かめられ得る音響現象と、無限という誰もが切り取っては理解出来るが直接確認できない概念が同居しているという事。
そこにドローンの音楽的特質があり、ドローンとは、物理現象/音楽/概念を抱え持った集合的で超越的な一段上の概念だと言う事ができます。

音楽的要素が極端に少なく、よってミニマリズムの一種とされる事もあるドローンですが、しかし、私たちがCDなどでドローンを聴く時、これは音楽であるという思い込みを少なからずしている事を鑑みると、それがどのようなものであれ、ひとまず音楽として私たちには現れる。
ここが現代におけるドローンの捻れの一つです。

ドローンは頭でなくまさに体験するものとしてのみ機能します。

体験としてのドローンはまず時間性を無効にします。 時間性が剥ぎ取られた後の私たちの耳は、その丸出しの空間性に着目するしか出来なくなる。
実際持続音はサイン波のような単純な音であればある程、スピーカーとリスナーの位置によって立ち現れる音が全く変わる事が理解しやすい。
それからその場の空間性を堪能した後、尚も続く音を受け取り続ける時に、ようやくその独我的・忘我的性格が露になるのです。
質感も究極的にはつるっとしたのっぺらぼうのように無効化する。 ですから私は時間性・空間性の変容としてドローンを捉えるのではなく、最終的にドローンは時間性、空間性の両方を否定するものとして捉えます。
そして、無限という概念をその内に含む音楽は他にはなかなか見る事が出来ません。
故に私は民族の物語や宗教が結びつく契機をそこに見るのです。

現代のドローンにも様々なタイプがあります。
上に挙げたPhill Niblockなどの全く音の変化を伴わないもの、William Basinskiなどの小さなループを延々と繰り返すが、音質がゆっくり変化していくもの、Celerなどの複数のループをシームレスに繋ぎ、差し替えていく事であるまとまった時間を構成するもの、Chihei Hatakeyamaなどの元の音よりもむしろ倍音を焦点とし倍音の混ざり合いでもって音程を作るもの、i8uのように、フィールドレコーディングを極限まで抽象化純粋化してドローンとするもの、Christophe Charlesのように様々な素材を矢継ぎ早に組み替えてドローンを形成するものなどなど。
いずれも音楽的沈黙があるという事を大きく下地にしています。

作家によってその楽しみ方も様々なところがドローンを取っ付き辛くさせているようですが、その理由は先に挙げた「音響としての物理現象」と
「抽象空間上における数学的概念」と「音楽としての視座」が分ちがたく結びついているドローンの、どの要素を主に取り出すかが作家によって
バラバラであるという事に尽きると思います。ですがその3つの要素が理解出来れば、いかにドローンが人間の社会にとって興味深い役割を果たしているか徐々に見えてくる事でしょう。

文:Yuki Aida/相田悠希

(参考音源)

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Yuki Aida

音楽レーベルmurmur recrdsを主宰しているサウンドアーティスト。
アンビエントとダンスミュージックを自在に行き来するその特異なスタイルで
国内外のアーティストや評論家からも高い評価を得る。
これまでにCF、心理療法、映画への楽曲提供と様々な作品を制作。
2010年には元guniw toolsの
ギタリストJakeと共作シングルを発表。

「このまま行ってよし!僕の好きな感じのドローンです(坂本龍一)」